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ジョン・ニューカムらのレジェンドクリニックに参加 [Other Tennis Reports]

【1990年代に「テニスジャーナル誌」に掲載した「レジェンドキャンプレポート」】

60年代の往年のスター選手たちによるアダルト・テニス・キャンプに参加して

 僕が小学生だった頃(その頃はまだジュニアなんて気の利いた表現はなかった)、世界のテニスはまさにオーストラリア全盛であり、ともに練習していた仲間たちの憧れはほとんどがオーストラリアンだった。
 僕は左利きで、当然のごとくロッド・レーバー、トニー・ロッチの大ファンだった。練習からの帰り道で、僕はいつも彼らと戦っていた。そして玄関の前までくる頃には決まっていつも「Game Set and Match Won by Mr HATTA」となるわけで、僕はグランドスラマーになっていた。
 たぶん、あの頃がテニスに対して一番夢中だったのではないかと思うことがる。
 いわゆるテニス業界で仕事をしていると、雑多なことも含めてさまざまな情報を入手することができる。
 その中に、驚いたことに、あの頃世界のテニスをリードした9人(表・参考)が一堂に会しテニス・キャンプが開かれているという情報があった。場所はアメリカ・テキサス、定員54名で一般男性のテニス愛好家対象。しかも、今年が6回目だと言うことだ。
 まいった!

MEET THE LEGENDS
この催しに参加した9人の伝説たち  1.ジョン・ニューカム  2.ケン・ローズウォール  3.クリフ・ドライスデール  4.フレッド・ストーレ  5.ロイ・エマーソン  6.トニー・ローチ  7.マーティン・リーセン  8.マルコム・アンダーソン  9.オーウェン・デヴィドソン

7月末には案内書が手元に届く。僕にとってはカミサマに近い人達の名前だ連なっている。もうダメだ。居ても立ってもいられない。3日3晩考えて行くことを決心した。
 3600ドルという参加費はアメリカ人にとっては70万円を越える貨幣価値かもしれないが、折からの円高、日本人の僕にとってはチャンスだと思った。キャンプにはアメリカン航空がスポンサーとしてついていて、チケットも格安で手に入れることができた。カミサンには内緒のヘソクリをやりくりし、夏休みを調整し、僕はテキサスへ飛び立った。

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尊敬の気持ちをこめてレジェンド(伝説)と呼ばれるスーパースターたち

 テキサス第3の都市サンアントニオから来るまで40分。ここにニューカム・テニスランチはあった。ここに、全米はもとより、イギリス、オーストラリア、そして日本(これは僕のこと)から、旧き良き時代のテニスを知り尽くしたテニス・ドリーマーたち54人が集まったのだ。

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 コテージで早速着替えを済ませコートに出ると、もうそこにはローズウォールがローチがリーセンがいた。本物だ!
 レジェンドたちがユーモアたっぷりに自己紹介し、その後、僕たち54人はコートに割り振られた。
 1面に対し、レジェンドが一人。ドリルの内容によってはランチのアシスタント・コーチがつく。コートの中に生徒は6人しかいない。僕のコートはまずトニー・ローチがコーチでボレーの練習だ。いきなり憧れのローチだ。ローチだぞ!十分にストレッチをしたとはいえ、ローチの矢継ぎばやの球出しにゼーゼー、40分が経過し、となりのコートにローテーションする。
 ここにいたのはローズウォールだ。このコートでの練習はストローク。2人の生徒が打ち返すボールをローズウォールは自らが練習しているような小気味のいいフットワークで、もうほとんどのボールがベースラインに返ってくる。ここでの40分で鈍った身体はもうヘトヘト。しかし、次のコートにはリーセンが待っている。リーセンはリターンからのラリーを受け持っている。リーセンがセカンドサーブからネットダッシュ、生徒はそれをリターンから組み立てる、というドリルで、彼はすでに80分間ネットダッシュを繰り返しているのにまったくバテた様子がない。もうすべてが夢の連続、驚きの連続だ。

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 午後から始まった初日のレッスンの最後は、ニューカムとダビットソンのペアに挑戦するドリルだ。遊ばしてくれるのがうまく、必死で頑張るんだけどなかなか連続してポイントを取らせてくれない。
 こんなドリルが5日間、数十種類用意されていて僕は満足いくテニス漬の毎日を送ることができた。
 夜は毎晩がパーティー、連日コートではバテバテになるまでテニスをやっているのに、夜になるとまたはしゃぎだす。レジェンドたちのスタミナにも敬服するが、参加者の体力もすごい。まったく欧米人っていうのはタフなものだと実感つくづく実感した次第。
 集まった54人はもう本当のテニス好きばかり。現役のテニスコーチも来ていた。その彼は40歳でジュニアの頃WCTファイナルでボールボーイをしていた頃からのニューカム・ファン。参加は6年連続。毎年ここでレジェンドたちからタフなレッスンを受け、心身共にリフレッシュして地元に帰るのだと言う。
 UCLAのテニスチームにいたという弁護士さんは参加者の中でダントツのナンバー1。45歳だというのに、サービスダッシュ、リターンダッシュ、速いテンポのテニスが3セットやっても衰えない。僕と同じ年のNYからきたお医者さんは、フォレストヒルズ(以前USオープンが行われていた名門クラブ)のメンバーで、「西谷明美を知っているかい」などと言って話しかけてくる。参加者は下が35歳、最年長者が65歳の元気が良くてハートがいいテニスフリークはかりだ。

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 パーティーでは1日に2人ずつがとっておきの話をしてくれる。題して「WAR STORIES」。例えばロイ・エマーソンが1967年のフレンチでトニ-・ローチが勝って優勝したとき、どこにターニング・ポイントがあり、どんな作戦を取ったか、という話をローチを交えて語ってくれる。また、アメリカ・メジャーリーグ、フロリダ・マリーンズのトレーナーも参加していて、身体のさまざまなメンテナンス法や年齢をとってからのプレイでの注意点などを丁寧に話して聞かせてくれる。どれをとっても興味深い新鮮な話題ばかりだ。
 コートでのドリルの内容はタフなものばかりだが、毎日楽しみなレジェンド・マッチがある。僕はクリフ・ドライスデールと組み、相手はフレッド・ストーレと参加者で1セットを戦った。このように4泊のキャンプの期間中、4人のレジェンドとペアを組んでダブルスをすることができるのは大きな醍醐味のひとつだ。
 初老のおじいちゃんがカメラを担当していた。それっぽいATPの時計、ローランギャロのベルト、僕はきっとレジェンドたちが全盛期の頃、一緒にツアーを回っていたカメラマンが昔のよしみで呼ばれてきたのだろう、と思っていた。帰国後、知人に写真を見せたところ「ラス・アダムスも来ていたんですね」と言われギョーテン!あのおじいちゃんがテニスカメラマンのレジェンドだったとは。

また来年ここに戻ってこよう!

 またたく間に夢のような6日間が過ぎた。小さい頃から憧れていたテニス界のスーパースターたちと直接話し、アドバイスを受け、ラリーをし、試合までしてしまったことに、満足を覚えながらもその一方で、何かとんでもないことをしてしまったのではないか、という気もする。
 レジェンドと呼ばれる彼らは今でもまさしく現役であり、元チャンピオンというおごりはどこにもなかった。
 僕はひどく得した気分だった。お金と時間はたしかに使ったかもしれない。しかし、それ以上の満足と爽快感を得ることができたと思う。最後の日にニューカムと固い握手をし、また来年、ここも戻ってくることを秘かに決心した。

コメントは noblog@tennisfactory.co.jp or Call:03-3499-6160
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